パンプスがないと生きられない

プリプリプリティな彼に再びどハマりした今野貴之系ジャニオタの綱渡りの日々

激動の3月、まさかの4月、そして5月。

前回、ブログを更新したのは3月12日。

ブログを更新して数分後、私はTwitterのアカウントを作った。迷いがもの数分で好奇心に打ち勝ったのである。情報系のアカウントをフォローし、「JUMP担」の皆さんと交流をするようになり───あれよあれよという間に2ヶ月が経とうとしている。この2ヶ月もまた、例によって濃かった。とにかく濃かった。

我らが伊野尾くんは、かの超有名少女漫画「ピーチガール」で映画初出演にして初主演が決まった。世は少女漫画の映像化ラッシュ。「爆売れ」漫画であるピーチガールの映画化は順当と言えば順当であるが───まさか伊野尾慧asピーチガールとは意外や意外な展開である。個人的には「ママレードボーイ」の遊あたりにキャスティングしてほしかったところだが───というつぶやきは置いておこう。さて、このピーチガール。私は「パラ読み」の経験こそあったが、きちんと読んだことがなかったため、某マンガ配信サイトにて1巻を立ち読みした。感想はこの一言に尽きる。「かなり濃厚」。───いろいろな意味で。そして、伊野尾くん演じるカイリくんは黒髪ベタ塗りキャラだった。───茶髪マッシュではない。断じて、茶髪マッシュではない。大事なことなので、2度言っておく。

ともあれ楽しみなことに変わりはない。現場にてお偉いのおじ様を軒並みキュン死にさせたという伊野尾慧に、期待が高まる一方である。

新曲の発売も決まった。タイトルはご存知「真剣SUNSHINE」。当て字上等。ジャケ写はまさかのJUMP with カキ氷。アオリはよりにもよって、「わっしょい系ド直球サマーラブソング」ときた。───全くもって掴めない。というか、「Chau♯」や「キミアトラクション」で定着した「ゆめかわいい系」はどこへ。音源・PVが解禁されて久しいが、実はまだ私は未聴・未視聴の状態である。Twitterのタイムラインにキャプチャー画像が流れていたが───歌詞もダンスもかなり謎だ。学ラン、ジャングル、「バカみたいに好きだ!!!」、そして足をぐいんぐいん動かす我らが伊野尾慧。見よう。そろそろ見よう。謎を解き明かそう。じっちゃんの名に懸けて。

そして私は、新しい職場での勤務が始まってわずか2週間目にして、かの「熊本地震」に襲われた。何を隠そう、私は生まれてこの方地元を離れたことのない、生粋のくまモン県民である。「経験したことのない揺れ」を2度も経験し、2週間近くまともに家に帰れない、仕事にも行けない日々が続いた。ゴールデンウィークに入り、少しずつ日常が戻ってきたものの───いつ来るか分からない揺れに、恐怖を覚える日々が続いている。

地震を通し、改めて人と人とが繋がり合う暖かさを実感させられた。地震の直後、私に1番に電話を掛けてきたのはワーキングホリデーで海外にいる友人だった。彼からの連絡を皮切りに、あらゆる友人、仕事関係でお世話になった方などからひっきりなしに連絡が届いた。感謝感激雨あられである。そして、らじらーでは伊野尾くんが泣いてくれた。

その頃、ちょうどこちらでは福岡のスタジオからの災害情報が流れていて、「あー今日はらじらーお休みなのかなー」などと思っていたのだが、Twitterのお友達から「ねえ聞いてる!?」とメッセージが届き、数分後にタイムラインを見ると、こちらでは聞けなかった「その時」の音声が掲載されていた。その音声を聞いて、私は地震が起きて、初めて泣いた。そして、この人を好きになってよかったなあと改めて思った。

こういう状況にあって、泣きたくても泣けない人はたくさんいるだろう。そんなすべての人たちの代わりに、伊野尾くんは泣いてくれたのではなかろうか。地震に関する情報が折々に入り、「すべてをリアルタイムで」とはいかなかったものの、この日のらじらーは、伊野尾くんと共に涙し、最後まで笑顔で番組を進行してくれた光くんと共にたくさん笑った───私にとって、忘れることのできない、思い入れの深い回となった。

このゴールデンウイークは、家の片付けや近所の片付け、職場の片付けなどに追われている。隣近所に住んでいるのに、時間帯が合わずほとんど顔を合わせなかったちびっこたちや、おじいちゃんおばあちゃんと久しぶりにおしゃべりをしたり、ご飯を食べたり、遊んだりしながら、楽しくやっている。地震を機に引っ越す人も多く、ちょっぴり切ない別れもいくつか経験した。

そんなこんなで、とにかく濃かったこの2ヶ月。私が住むこの小さな町にも、早く平穏な日々が戻ってくるようにと祈るばかりである。なんてったって、JUMPのツアーが決まったのだ。生きてツアーに行き、生伊野尾慧を拝むことこそ私の現在の人生最大の目標である。

頑張れ一条、頑張れ熊本!

物語は終わらない

我らが伊野尾くんが「めざましテレビ」の木曜レギュラーになるらしい。

私がこの一報を知ったのは、情報解禁日のおやつどきのことだった。───というのも、この日は午後からの勤務だったため、夜中まで持ち帰り仕事を片付け、午前中は爆睡していたのである。7時半頃のニュースならちょうどトイレに起きた頃だから、見れたかもしれないのに!───実家暮らし、有岡世代の理不尽すぎるワーカーホリックはその夜、中学時代からの私の「いのちゃん好き」を知る母に詰め寄った。

「なんで教えないの!?!?!?」

「いや、教えないもなにも…うち、あさチャン*1だけど…」

そう、我が家の朝は昔からTBSと相場が決まっているのだ。

私的「第一次ジャニーズブーム」である中学時代、芸能ニュースを見るために「めざましテレビ」にチャンネルを合わせていたら、洗面を終えた父が勝手に「朝ズバッ!」にチャンネルを切り替え、朝から大ゲンカしたことが何度もあった(当然録画していたのだが、リアルタイムで見たいというのがファンの心情というものであろう)。両親の出勤・私の登校後、我が家の偉大な主婦である祖母がそのままチャンネルを替えず、「はなまるマーケット」で一息入れていることを知ったのは大学生になってからだった。よって我が家は朝ドラの話題にも疎い。今でも祖母は「ビビット」が終わるまでチャンネルを替えないのだから、巷で話題の「五代様ロス」なぞどこ吹く風状態である*2

───という我が家の早朝のテレビ事情は置いておくとして、今回の大抜擢は一ファンとしてかなりの衝撃だった。まさかあのプリプリプリティが。スーパーカーで君をさらっていっちゃうあの子が。雑誌で素直にテストの点数を暴露しちゃうような子が。ちょっと生え際が怪しかったあの子が───満を持して全国ネットの朝番組にレギュラー出演する日が来るなんて。ジュニア時代から知っているだけに、ここまで来るともう母のような気持ちである。ただただ「よかった」の一言に尽きる。「東方神起ペン」を経験している私でさえこんなに感動しているのだから、ジュニア時代から今日まで、一途に応援してこられたファンの方の感動たるや計り知れない。

私がいのちゃんのことを知ったのは、2005年4月の「少年倶楽部」だった。これをきっかけに、気づけば一番好きな太陽くんの次に、女の子みたいにかわいい彼のことを追うようになっていた。早いもので、あれからまもなく11年である。早い。早すぎる。小学1年生にして「1日1日すぎるのが早すぎるよ!」と親に泣きつき「どこのおばあちゃんだよ」とツッコまれていた私である。最近は1年が3ヶ月程度のボリュームにしか感じられない。マツコも少し前にそんなことを言っていたような気が───と、まあそんな話はどうでもいい。

あっという間の11年だったが、時間は確実に流れ───11年前予想だにしなかったことが、今次々と現実になっている。いのちゃん、JUMP関連もそうだし、私を取り巻く状況においても同様である。人生はどこまでも複雑怪奇で、オモシロイ。

 

───と、この辺りまで書いていったん保存したのが今週の火曜日(8日)。ここから先は本日・12日の土曜日の昼下がりに書いている。

この記事を保存してから2日後、遂に私はJUMPのファンクラブに入会すべく、郵便局に走っていた。仕事関係の書類を出すのにいつもお世話になっている郵便局の顔なじみのお姉さんにエクスクラメーションマークが並び倒している振込用紙───更に「好きなタレント:伊野尾慧」とまで書かれている───を差し出すのは気恥ずかしく、ATMで操作をした直後、いのちゃんの「メレンゲの気持ち」MC就任の報を知った*3。最初はガセかと思ったが、どうやら本当だったらしい。伊野尾慧という男は、どこまでもファンの想像の斜め上を行く男である。伊野尾革命は終わらない。

11年前、中学生だった私は20代前半で結婚した両親と同様、自分も早々に結婚しているものだと信じて疑わなかった。結婚しているはずだったのに、まさかいのちゃんに再びラブフリーフォールしてしまうだなんて。

11年後こんなことになるなどと、果たして誰が想像しただろうか。すべては神のみぞ知る───?

*1:余談だが、今回の一報を受け、「ZIPからめざましに移行します」という一種の宣言を方々で目にしたが、あさチャンからめざましに移行する旨の宣言は未だ目にしていない。もしいらっしゃればぜひ仲良くさせていただきたい…!

*2:とはいえ家族そろってミーハーなのだから、朝ドラを見たこともないのにディーンフジオカをテレビで見るたび「五代様!」と大騒ぎしているのだが。

*3:そろそろTwitterアカウントを作るべきだろうか…。プライベートでアカウントを持っているものの、何かと面倒で半年ほど放置してしまっている。

ワーカーホリック女子がCarnivalした話

先々週、遂にすべての仕事への完全復活を果たした。

復帰してからというものとにかく慌しく、妙な時間に寝て出勤ギリギリまで爆睡し、素早く身支度を整えて出勤し、妙な時間に帰宅する…という「元の日常」に戻った。

私は仕事柄、なかなか仕事とプライベートを切り離すことができない。というか、正直私の中で何が仕事で何がプライベートなのかも判然としない。元々趣味として始めたことや、興味があって取り組んできたことが現在の仕事に繋がったためであろう。そういえば少し前まで複雑な関係にあった彼も、元はといえば仕事がきっかけで出会った人である。

「完全なプライベート」がないとまずいと気付いたのは、この1ヶ月半に及ぶ療養期間中だった。仕事から解放されて、頭を空っぽにする時間。好きな何かにただただ夢中になる時間。中学時代から「お前どんだけわらじ履けば気が済むんだよ」と言われるような生活を送っていた私だが、確かに当時からアイドルを愛でるという「完全なプライベート」タイムがあった。当時から無意識に、癒しを求めていたのかもしれない。愛でる対象が変化したり、ジェジュンの入隊によって一旦アイドルを愛でることから離れたものの、「療養中」という絶妙なタイミングで、昔から好きだった伊野尾慧という奥深い沼に足をすくわれたのは今思えば必然だったのかもしれない。結局人間には癒しが必要なのである。

「類は友を呼ぶ」という言葉があるが、私の友達の大多数はワーカーホリックである。しかもほぼ全員、勤務時間も休みも不規則である。そんなワーカーホリック仲間の一人が私のこのところの災難を憐れむ会を開いてくれた。しかもわざわざ県外から駆けつけてくれるという愛情の深さである。───彼女こそ、「Hey!Say!JUMPが好きだなんて犯罪だ」と大騒ぎした挙句、すっかり有岡さんちの大貴くんの渾身の一撃「キミがナンバーワンだああああああ!」に心を奪われ、沼に片足を突っ込みかけている友人Kである。自他ともに認める酒豪の私たちは飲み屋をはしごし、互いの将来について考えると共にいのありについてひたすら語り合った。というかほとんどいのありの話しかしていない。チヂミをつまんでもいのあり。日本酒を飲んでもいのあり。焼酎を飲んでもいのあり。もはや「災難を憐れむ会」でなく、単なる「いのありの会」である。

そんなわけで散々飲み倒し、DVDプレイヤー貸出サービスのあるカラオケに移動して、家から持参したDVDを鑑賞した。まずはキミアトラクションのPV。次にSmart。そして最新のJumping Carnival*1。ライブDVDは私のイチオシの曲を中心に鑑賞した。

Smartでの友人Kのお気に入りは愛追i隊で、我らがイーノ考案の合いの手はすぐにマスターしてしまった。しかもどの曲にも\オカモトケイト!/をぶっこんでくる。オカモトケイトが歌っていない曲にさえぶっこんでくる。ふとした会話の中にさえもぶっこんでくる。一度しか曲を聞いたことのない人にここまでされれば、オカモトケイトもイーノも、ついでにアリーも本望かもしれない。

そして私も購入後初鑑賞となるJumping Carnival。カラオケルーム特有の反響のせいでオープニングのヤブッチせんせーの煽り台詞が聞き取れず10回巻き戻し、Viva 9's Soulも同様の状況だったため雰囲気で頑張って聞き取った*2。\オカモトケイト!/で大騒ぎし、友人Kは\ヤブコウタ!/という新しい合いの手を習得した。5音7音はやはり日本人の耳に心地良いのだろう。ペットショップラブモーションでは同世代男子の頑張りに度肝を抜かれ、海人髙木兄さんのギャルっぽい「ワンワン!」に爆笑しつつ、伊ニャーくんがステージに置きっぱなしにした鯖の行方を2人で本気で心配した。「ほら!伊野尾くんこのところ働きすぎだから!」「前の歌で歌詞も忘れたし!」「大丈夫かな!?」───さながら息子を見守る母のような気持ちである。BESTコーナーで鯖の顛末を見届けて安堵したところで、仕事を終えたばかりのもう一人のワーカーホリック・友人Gがやってきた。確か午前2時ごろのことである。

深夜のノリで再びSmartから再生したところ、友人Gは金髪長身のヤンキーを気に入ったらしく、「誰?」「え、中島くん?」「カツオを野球に誘う人?」と興味津々だった。確かに中島くんはSchool Girlでリョウスケを野球に誘っていた。素晴らしい着眼点である。その後Jumping Carnivalにて黒髪の好青年に変身したヤンキー改めリョウスケの友達・中島くんに友人Gは魂を持っていかれたらしい。「下の名前は!?!?!?」「ゆーと!」「ゆーと!」そんな友人Gを見ながら友人Kはボソッと呟いた。「\ナカジマユウト!/」───5音・7音は、どこまでも日本人の耳に心地良く響き渡る。

そんなわけで明け方まで鑑賞(予習)してはカラオケモードに切り替えて歌う(復習)を繰り返し、3人で楽しい一夜を過ごした。「ツイてないんだか憑いてんだか分からない」と言われていた私の憑き物もスッキリである。友人Kは\オカモトケイト!/とノリノリで家に帰り、友人Gは帰宅して身支度を整えて再度出勤、私も帰宅して2時間程寝て出勤した。そんな状況でもほとんど疲れを感じなかったのだから、アイドルの癒しのパワーは恐ろしい。

それから丸1日経った昨日、友人Gからの「昨日はありがとう!」というLINEの通知が飛び込んで来た。「実はあの時一緒に見たDVD、その日の仕事終わりに買っちゃった!」という報告と共に。既読をつける間もなくLINEはバンバンやってくる。「やっとメンバー全員の顔と名前が一致したよ!」と可愛い絵文字と共に言う友人Gだが、やっともなにもDVDを見てから1日しか経っていない。私はJUMPと同様に大所帯のグループであるSuper Juniorのメンバー全員の顔と名前を一致させるのに5年近く掛かったし、5人組のSHINeeでさえオニュとキーの区別がつかず2年程mirotic状態であった(これはこれで遅すぎるが)。友人Gは購入したDVDを最初から最後までぶっ通しで鑑賞し(私もまだぶっ通し鑑賞はできていないというのに!)、満足した所でレンタルショップに走り、片っ端からアルバムを借り(私はこれもまだできていない)、現在は髙木くんが出演していた「ごくせん」を見直しているらしい。なぜここでナカジマユウトのドラマをチョイスしないのか、個人的に気になっているところである。とにかく、今後の友人Gの動向から目が離せない。

更に、今日職場の後輩(この子もワーカーホリックである)から連絡メールが届いたのだが、一番最後に「もしかして一条さん、K-POPお好きだったりします!?」と書かれていた。返信して話を聞いたところ、この子もK-POPが好きらしい。同じようなにおいを感じ、居てもたってもいられずメールをくれたらしい。ひとしきりK-POPネタで盛り上がった後、「最近はジャニーズも好きなんだよね」と続けたところ、「え、もしかしてHey!Say!JUMPですか!?」という返事が来た。遅い時間になったので返信していないが、これはもしかするともしかするかもしれない。逸る気持ちを抑えるのに必死である。

というわけで、結局人間には癒しが必要なのである。癒しを得ることで、人間としてのバランスが保たれるのだと思う。何らかの癒しなくして社会生活はきっと成り立たない。よって、アイドルは───いや、アイドルこそ正義なのだ。

働く女子に素敵な癒しをくれるアイドルに、乾杯。

*1:SmartのDVDを購入するか否かで大騒ぎした私だったが、沼に落ちたと自認したら最後。PVの世界観がドツボだったキミアトラクションの初回限定版を探し回って購入し、Jumping Carnivalに至ってはガッツリ予約購入してしまった。

*2:こういった状況だったため、我らがイーノの突然の「ごめんなさい!」の意味が分からず再び巻き戻しまくる始末であった。

三つ子の魂百まで

私という人間の基盤は、4歳の時に身を投じた伝統芸能の世界の中で形作られた。

その世界に身を投じると決めたのは、他でもない自分の意思だった。保育園のひとつ上のお姉さんに憧れて始めたその習い事は、今や私という人間を形作る最大のファクターであり、以前の記事に書いた「何でも屋」業のひとつとなっている。

例えば私が「三代目」と聞いて、一糸乱れぬパフォーマンスが美しい彼らより、どこかの流派の三代目の先生を想像してしまうのも、好きな文化人・芸能人枠に「何と表現していいかわからない枠」が存在しているのも、恐らくここに起因している。

このブログの中でこの件について触れるかどうか、かなり迷っていたのだが、「私」という人間がブログを書く上でやはり外してはならないファクターであると思ったので、今後はこうした話題もちょいちょい織り交ぜていこうと思う。中にはジャニーズやK-POPなど、趣味の部分と絡めてどこかでポップでハッピーに発散しないと辛くなってしまうような濃いハナシもあることだし。*1

因みに、私が幼い頃から身を投じている伝統芸能の世界というのは、ジャニーズファンに「現代と古」という新しい世界を魅せてくれた今野貴之くんが習っているアレ、である。

当然、私の中で「第1次ジャニーズブーム」が起こっていた頃も、東方神起ジェジュンを盲目的に追いかけていた頃もずっとこの世界にいたわけだが、当時とは置かれている状況が異なっている。この数年で私の立場が大きく変わってしまったのだ。

 

というわけで、今日は日ごろ大変お世話になっている他流の先生の舞台に、来賓として招待頂いた。今日ばかりは大きな絆創膏をつけていくわけにはいかなかったので、顔のケガが大分良くなっていたことにほっとした。流派の先生方には丁重すぎるおもてなしを受け、大変素晴らしい1日だった。ここ最近、考えなくてはならないことがとにかく多かったので、舞台に集中することで久々に邪念から解放されたような気がする。

私も前々から気づいていたことだが、私は何かにハマり込んでしまうと、それが生活の大きな部分を占めてしまう節がある。以前の記事であれだけ「ハマったら最後」と大騒ぎしていた私だが、伊野尾慧という沼に本格的にハマってしまい、この3週間足らずの間で生活が一変してしまった。「ていうかこのところ、あんた喋り出したら「いのちゃん」しか言ってないよ?言わなくても何かしら絡めてくるよ?」とは、最近私と一緒に9人分の「君がナンバーワン」のモノマネを極めるべく頑張っている友人Kのお言葉である。───犯罪だと騒いでいたくせに、なんだかんだ彼女もこの短期間で見事に沼に片足を突っ込んでしまった。余談だが、彼女のチャームポイントは「薮」の語アクセントがおかしいところである。

という話は置いておくことにして。今回来賓として招待頂いた舞台は、私が伊野尾慧にハマり込んで初めてのオシゴトだった。「軽装でいらしてください」とのことだったので、和服ではなく洋服を着て行ったのだが、その胸元に差すコサージュの色で頭を悩ませた。どうせ新調しなきゃいけないから、青いの買いに行こう。───だめだ、この発想はだめだ。沼だ。ドツボだ。結局、店に置かれていた青のコサージュの中で気に入るものがなく、ピンクにしたのだが、その瞬間よぎったのは知念くんの零れんばかりの笑顔。「やっぱり君がナンバーワン♡」───知念くんありがとう。なんだか頑張れそうな気がする。あーでも着物用の髪飾りもそろそろ新調しなきゃだから、そっちは青にしようかなあ。───私の脳内はこんな風に、かなり残念な意味でJUMPの皆さんに浸食されている。大丈夫か私。20代も半ばに差し掛かろうとしているのに、中学時代から衰えないこのテンションが恐ろしい。

これだけならまだいいだろう。だが、私の危ないところは、脳内の半分が伊野尾慧で占められているが故、友人Kが指摘するように「口を開けばいのちゃん」状態ということである。全く関係ないところに伊野尾慧をぶっこむ私。気づけばオチは伊野尾慧。危険すぎる。───が、今回はぎりぎりセーフ。来賓あいさつが回ってこなかったのだ。

とまあ、こうした場面でもジャニオタとしての危ない綱渡りをしている私である。今回は何とか乗り切ることができたが、問題は来週だ。自流が所属する連盟の大会で、総合司会を請け負っているため、1日マイクを握っていなければならないのである。つまり、開式前にお客さんを待たせている時間や、舞台転換中などの所謂「場繋ぎ」の際のトークの担当も私である。───危ない。すべてが危ない。

 

このブログには、これからこうした綱渡り記録もしっかり書き残しておこうと思う。───未来の自分のために。*2

*1:私のブログにおける「ポップでハッピーな発散」とは、ケガやパンクの記事にみられるようなテンションで自分の身に降りかかった出来事を書き綴ることである。さらに余談だが、この「ポップでハッピー」というフレーズはやたら使い勝手がよく、このフレーズをはめ込めるところにはどこにでもガシガシはめ込んでしまう節のある最近の私である。

*2:とはいえ先日高校時代に書いてたブログを読み返していたが、現在とテンションが大差なくて(成長の跡が見えなくて)焦ってしまった。一体私はこの間に何を学んできたのだろうか…

らじらーサタデーを聴く

今月はとにかくツイていない。

水曜日、高速道路で派手に愛車をパンクさせて(「パンク」というとかわいい響きだが、実際は「破裂」と言った方が相応しい状況であった)某ロードサービス会社のお世話になった。寒空の下、警備会社のかわいらしいおじちゃんに「こんな日に出動させてすみません」と頭を下げて世間話で盛り上がり、ロードサービス会社の蛍光チョッキを着て作業員のお兄さんを待った。チョッキは恥ずかしかったが、すべては私が蒔いてしまった種である。仕方がない。おじちゃんと入れ替わりに駆けつけてくれたのは、薮くんを髣髴とさせるようなイケメン作業員(以下、薮くんとする)だったが、そんな時に限って私の顔にはでかい絆創膏、そして眼鏡。「えっ、このパンクでケガですか!?大丈夫ですか!?」「え、いや、あの、」しかも、こんなことになるなど想像もしなかったので車の中は荒れ放題。「スペアタイヤ探してもいいですか」「あ、ちょ、荷物」お兄さんがトランクを開けた瞬間発生した雪崩。───最早何も始まりようがなかった。

どこまでも爽やかな薮くんに「危ないので他のタイヤも変えたほうがいいですよ」とアドバイスを受けたので、車検来月だったしいっぺんにやってしまうか、とパンクの翌日に愛車を車検に出した。愛車は今日私の元に戻ってきた。一部整備不良の状態で。愛車はエンジントラブルで動かず、仕事を休む羽目になってしまった。結果またロードサービスにお世話になる羽目になった───が、薮くんは来なかった。ぐすん。

2016年が始まってたった1ヶ月だというのに、既に波乱万丈である。というか、ここまで来ると最早ネタでしかない。そういえば、愛読雑誌「美人百花」の2016年運勢特集にて、私の星座は1月が不運のピークだと書かれていた。「当たるも八卦当たらぬも八卦」とは言うものの、当たりすぎて恐ろしい。

そんなわけで、波乱の1日だったがいいこともあった。らじらーをリアルタイムで聴くことができたのだ。

 

今回の放送には「シブ5時」の取材のため、スタジオには番組のカメラとリポーターが入るらしいことは既に知っていたのだが、まさかそのリポーターが天下のNHKの解説員だとは。誰もいない部屋で一人むせてしまった。しかも「今夜あなたを口説きます」のコーナーにも参加する、というのである。大丈夫かNHK。大丈夫かいのひか。薮くんに「ほかのタイヤも危ないですよ」と言われた時と同じくらいの恐怖感である。

とはいうものの、私は「シブ5時」を見たこともなければ解説員の安達さんのこともよく知らなかった。まずは番組のテイストと安達さんのことを知らねば、と思い、むせてから数分後にGoogle先生にお世話になった。

目に入ったエントリーをさらっと読み流した感じでは、シブ5時はワイドショー要素を含んだ夕方のニュース番組、という印象だった。しかも全国ネット。今回の取材の様子はうちの地域でも見ることができる。よし、とガッツポーズをし、「安達解説員」と入力した。───期待が高まる。というのも、ラジオを通して初めて聞いた安達解説員の声は、私の好きな感じの「ええ声」だったのだ。お気に入りのいのちゃんのことを差し置いて、そして光くんのことを差し置いてちょっぴりきゅんとした。しかも、番組やいのひかコンビのことについても、いろいろ調べてきて下さったらしい。取材をする上では当然のだろうが、このところのニュースで解説員はきっと忙しいだろうに、なんという努力をして下さったのだろう!うちの息子たちの為に、ありがとうございまああああす!───と、胸の高鳴りが収まらぬまま検索ボタンをクリックした。

 

あれ。なんか予想とだいぶ違う。

 

私の恋は放送開始から10分程度で終わった。

───と思ったが、放送が進めば進むほどに安達解説員のことが好きになってしまった。番組のことをよく調べてきたはずなのに、「口説きます」コーナーのことがよく分かっていない安達解説員。カメラを口説くはずが、なぜかいのひかを口説いてしまう安達解説員。変なところでリバーブをかけてしまう安達解説員。これまでも何度かリアルタイムでらじらーを聴くことがあったのだが、「口説きます」に投票しなければと思ったのはこれが初めてである。生憎私は間に合わなかったが、どうやら同志がいたらしい。口説き初挑戦にして12%も得票してしまうなんて!

その後も私は安達解説員に夢中であった。

お2人のことを調べてきましたよ!と自信満々に言う安達解説員。光くんのことを「金八先生の人」、いのちゃんのことを「建築の人」と認識する安達解説員。実は金八先生をリアルタイムで見ていた安達解説員。

口説きますのコーナー終了と共に安達解説員が帰ってしまったときは、「こいつら彼抜きでこれから何をするつもりだ!?」と謎の感情が襲ってしまったほどである。困った。この気持ちは何なのだろう。それより、今日のこのブログには「安達解説員」というワードしか出てきていない。謎だ。すべてが謎だ。

私の中の好きな男性芸能人・文化人には2つの枠がある。

1つはイケメン枠。現在この枠の2トップが伊野尾慧とキムジェジュンである。

もう1つは何と表現してよいかわからない枠。永遠のトップは、笑点の「生きる伝説」と呼ばれる桂歌丸師匠である。なんだろう。すべてが好きだ。師匠の落語の、芸の奥深さも、円楽師匠にミイラと呼ばれているところも好きだ。次点は同じく笑点に出演中の春風亭昇太師匠。私の中の結婚したい芸能人ナンバーワンである。鈴々舎馬るこも好きだ。何とも言えぬあのかわいらしさ。───どうやら安達解説員はこの枠に入りそうだ。

予想外の「安達解説員ロス」を経て、残りのらじらーも楽しんだ。後半のメイン・イベントといえばやはり、彼氏ができたばかりのリスナーの女の子に電話を掛けた挙句、ちゅーした!?ちゅーした!?を連呼し、天下のNHKの電波を使って大暴走したいのちゃんと、その暴走を止めるべく頑張った光くんのやり取りであろう。にわか安達解説員ファンとしては、彼にも同席して「大人のアドバイス」を展開してほしかったし、むしろこのやりとりをシブ5時で放送してほしかった。イキイキしていたんだろうなあ、いのちゃん。

それはさておき、最近どこかでこんなやりとりをしたような…と思い返したところ、思い当たったのは定期的に開催している友人との女子会である。大暴走したいのちゃんのテンションは、ダンナや彼氏持ちの友人に切り込む私や他の友人の喋り方にそっくりだった。私も含め、女子というイキモノはコイバナを糧に生きているようなものである。人のコイバナを聞くと、水を得た魚のようにイキイキとしてしまう。あの時のいのちゃんは、まさにそういう状態だった。伊野尾慧は女子だ。もう、そういう認識でいいんじゃないか、うん。

 

そんなわけで、今回のらじらーサタデー8時台は、私史上ナンバーワンの面白さだった。ありがとういのちゃん。ありがとう光くん。そしてありがとう、安達解説員。

8年前、ジャニーズJr.だった君たちへ

去年、韓国の大学で1週間ほど教壇に立つ機会に恵まれた。

その時のことをエッセイ調にまとめてくれませんかねえ~と先方から依頼があり、日曜の夜中からボチボチ書き進めているのだが全くオチが見当たらない。オチも何も途中の話が迷走しまくっている。よって他の仕事が全く進まない。今日も早朝から仕事に行き、戻ってきてから3時間パソコンに向き合っているがまとまらない。

よく「一条さんって何やってる人ですか?」と尋ねられることがあるが、話すと長くなるし聞いている側も面倒なのでいつも「…何でも屋?」と答えることにしている。我ながらなかなかテキトーな返答だと思っているが、私をよく知る人たちからは「それ適格」とのお言葉を頂いているのだから世の中面白い。───前置きしておくが、建築系は門外漢である。(誰も聞いていない)

 

そんなわけで、昨日もこの調子でオチの見つからないエッセイだかなんだか(以降「謎の作文」と呼ぶことにする)をだらだらと書いていたら、A.B.C.-Zのはっしーこと橋本良亮くんがテレビに出ていたので、ついつい作業の手を止めて見入ってしまった。

タイトルは確か「ビックラコイタ箱」だったか。とにかく、橋本良亮くんと元AKB48光宗薫嬢と、大人気モデルの土屋巴瑞季嬢(前々から名前はよく目にしていたが、「はずき」と読むとは知らず!)がゲストという、美男美女揃い踏みの番組だった。

小学校2年生からの親友から届いたという荷物の中には、思わずほろっと来てしまうようなエピソードが書かれた手紙と共に、彼が「A.B.C.-Zの橋本良亮」として初めて迎えたライブのTシャツが入っていた。

 

「Hey!Say!JUMPの10人目は、絶対俺だと思ってました」

「メンバーに入れなかったからすげー悔しくて、振付師とジャニーさんの所に抗議に行った」

「でも、話にならなくてやさぐれた」

「中2…中1の時だったかな。親友と一緒に公園で髪染めて、ピアスを開けました」

 

私の記憶が正しければ、はっしーは確かこんな感じのことを話していた。

私の中での「ジャニーズJr.全盛期」は、大好きだったYa-Ya-yahがジュニアのトップに君臨していた2006年~2007年頃である。弟分のJ.J.Expressももちろん好きだったし、Kis-My-Ft2やA.B.C.、Question?も大好きだった。とっつーが出演していた「はなまるマーケット」は毎週録画していたし、マッチ with Question?のことも追いかけた。当時はとにかく「ジャニーズJr.」というものが盲目的に好きだったのだ。

Hey!Say!JUMPの結成・そしてデビューは、そんな「ジャニーズJr.全盛期」に良くも悪くも大きな変革をもたらしたと思っている。解体したグループ、デビューを果たしたグループ、形を変えてデビューしたグループ。時は流れ、それぞれのグループが、それぞれのメンバーが、それぞれの「今」を生きている。

はっしーは「今だから」と比較的あっさり話していたような印象を受けたが、当時は死ぬほど苦しかっただろう。言葉で表現することができないような思いをしたことだろう。それはもちろん、他のメンバーたちにも言えることであり、JUMPのメンバーにも言えることである。Myojoの「一万字インタビュー」なんかを読むと、メンバーたちが語る「真実」と共に当時のことを思い出して、胸の奥が切なくなる。

だからこそ、当時ジュニアだった彼らがデビューして、華々しく活躍している「今」がいとおしい。はっしー繋がりで言えば、河合くんはカウコンで松潤と2ショット共演を果たしたし、塚ちゃんは持ち前のキャラを生かしてバラエティで大活躍中だ。五関くんもとっつーも相変わらず頑張っている。キスマイはジュニア時代とは方向性を変えた独自の路線を突っ走っているし、JUMPはメンバーの成長と共にグループの色が明確になってきた。事務所を退所したメンバーたちは、それぞれのフィールドで新たな活躍を見せている。とにかくみんながガムシャラに頑張っているのだ。彼らのこの「ガムシャラ」で「シャカリキ」な生き方こそ、私たちファンがジャニーズを応援したくなる最大の理由だと思う。*1*2

とにかく彼らには頑張ってほしい。それぞれの夢を叶えてほしい。その夢が叶い続けるまで、私は陰からこっそり見守っていこうと思う。

こうして私にいろいろなことを考えるきっかけを与えてくれたはっしー(とその親友)に感謝しつつ、早く謎の作文を書き上げるべく頑張りたいと思う。そう、結局はそこなのだ。

*1:我らがいのちゃんは「ガムシャラ」で「シャカリキ」な努力をしている姿を見られたくないらしく、苦労話を決してしないことで知られているがどうやら今月のポポロの中で少し吐露したらしい…?読みたい!

*2:とにもかくにも日本人はアイドルの持つ物語性(=苦労話)に弱い。K-POPが日本で爆発的に受け入れられた理由も、音楽性が大きなファクターであることは間違いないが、彼らの背景にある物語性もまた大きく作用しているように思う───という研究を大学時代に齧ったのでいつか再び研究したいと思っている今日この頃!!!

イーノの名言に救われる深夜2時

その昔、日本国民のアイドル・ドラえもんによく似た愛称をつけられたIT起業家が発言した「想定の範囲内です」というフレーズがやたらと流行した。しかし、実際には世の中なんて「想定の範囲外」の出来事の連続である。私の人生なんて生まれた時から想定の範囲外の出来事しか起きていない。友人たちからは「あんたの人生はもはやネタでしかない」と言われるが、まさにその通りだと思っている。

2016年になってまだ3週間程度しか経っていないが、私の周りは既に想定の範囲外の出来事で埋め尽くされている。顔のケガ、伊野尾革命。仕事でもプライベートでもいろいろなことがあったし、今日は雪なんてめったに降らないうちの地域に大雪が降った。近隣の小中学校は明日休校らしい。子どもたちにとってはきっと、想定外の嬉しい出来事であろう。我が家も気合で出勤するという母以外、明日は皆朝から自宅待機である。

そんな大雪が降る中、私にとってこれからの生き方を左右するような想定外の出来事が起こった。───残念ながら、銀世界の中で告白やプロポーズなどというロマンチックな出来事ではない。だが、よく考えた上で先方に「返事」をしなければならないことは確かである。

2015年の前半は、忙しすぎてほとんど休みがなかった。そしてよく身体を壊した。腸炎に胃腸炎、頻発する偏頭痛、めまい。目にデキモノができること数回。人生初のぎっくり腰も経験した。生き急ぐようなことをするのはやめようと思い、9月に突然1週間の休暇を取って海外に飛んだ。方々に頭を下げる羽目になってしまったが、咎める人は誰もおらず、たくさんの人が快く私を送り出してくれた。そして、「ゆっくり、あなたらしく生きればいいんじゃない?」というアドバイスを得て戻ってきた。

ゆっくり自分らしく生きるにしても、今年の4月から「新しい生き方」をしなければならないことは、以前からの決定事項であった。しかし、「どう生きていくか」ということがなかなか決まらなかったのである。幸いなことに、目の前にはたくさんの選択肢が提示されていた。「あなたの意思で選んでいい」と言われ、悩みながらもいったんはその中のひとつを選んだ(正確には、選ぼうとした)のである。だがしかし、想定外の出来事が起きてしまった。

これまでの人生の中でもいくつもの選択を迫られる場面があったが、大体は自分の中で答えが決まっていた。どんなに悩んでも、1週間くらい経てば「よし決まり!」とすっぱり決断することができたのである。しかし、今回ばかりはどれだけ考えても決まらない。考えれば考えるほど、モヤモヤしてしまう。想定外すぎる出来事が起こった今日なんて、余計にそうだ。

そんな時に、ふと頭によぎったのがこの記事だった。

matome.naver.jp

 

伊野尾くんについて書かれたnaverまとめの記事はどれも秀逸でよく読んでしまうのだが、この中に書かれている言葉が私の心にクリーンヒットした。

人生の大きな選択で悩んだり、もしかしたら道を間違えたりっていうことって絶対あると思うけど、それでも、それでいいじゃん?そんなことより、選択肢がたくさんある生き方のほうがいいじゃんって、俺は思うし。そういう生き方をしたいから。

 

俺は、分かれ道、選択肢が多いこと自体が良い事だと思ってて。選択肢が多いことが人生を豊かにすることだと思ってるから。その選択肢で道を間違えても、それ以前に分かれ道があることに価値があるんじゃないかと。絶対的な正解なんてないと思うから。

こんな名言を残しているのが「君が太陽なら僕は洗濯物」という謎の歌詞を生み出し、「イケメンすぎる」オタクたちを味方につけているスーパーアイドルグループ・愛追I隊の「I」ことイーノ改め、天下のN○Kのラジオ番組でNGギリギリの発言を連発している伊野尾慧だなんて、誰が想像しようか。

そんなわけで、思いがけず最近お気に入りのいのちゃんの名言に救われた深夜2時。こうして自分の気持ちを吐露したことで、頭の中も少し整理されたような気がする。与えられた時間の中で、これからの生き方についてしっかり見つめ直さなければならない。

だって、だって、私には愛するジェジュンの除隊まで絶対にありえないと思っていた、想定外の「オタクとしてのハッピーライフ」が待っているのである。しかも、ジェジュンが除隊しようもんなら国を股にかけてハッピーライフをエンジョイしなければならないのである。目の前にある選択肢のうち、どれを取ることになろうがこれだけはブレない。ひとまず、来月のduetでの「いのたま」*1コラボグラビアを楽しみに頑張ろうと思う。8年ぶりのアイドル雑誌改め「ドル誌」購入───これがここ数年で一番の、想定外の出来事かもしれない。

何はともあれ、現在の立ち位置を手にするまで、あらゆる選択を迫られてきた(そして今も、常に選択の連続であろう)いのちゃんを見習い、私もいろいろなことをきちんと考えようと思う。

───と、ここまで書いてふと思い出した。私は持ち帰り仕事を片付けている途中だったのだ。…思いの外生き急いでいない自分に、ふと安堵のため息、である。よし、寝るか。

*1:解説するまでもなく、Hey!Say!JUMPの伊野尾慧くんとKis-My-Ft2玉森裕太くんの2人を指すコンビ名である。2人が同じグループで活動していた頃からこの組み合わせが好きで好きでたまらなかった私にとって、今回のコラボは夢の実現そのものである